久住昌之原作・谷口ジロー作画 「孤独のグルメ」扶桑社。1997年10月に発行された初版本と月刊誌 「散歩の達人 (東京マンガ歩き・なりきり孤独のグルメ)」 交通新聞社2009年8月号 のメモ書きです。
1話 東京都台東区山谷のぶた肉いためライス
「きぬ川」 南千住駅で下車し、吉野通りを10分ほど歩いた交番わき。夕食メニューは定食ではなく、ライスは別注文。午前中は開いているが、夕方の閉店時間は17:30まで。
2話 東京都武蔵野市吉祥寺の回転寿司
「天下寿司」 吉祥寺南町1−1−3 0422−49−2366 吉祥寺駅南口から右手へ、道にめんした中二階。 タイムサービス14:00から18:00まで (変更の可能性あり)。大トロほか/130円均一。
3話 東京都台東区浅草の豆かん
「梅むら」 台東区浅草3−22−12 3873−6992 浅草寺裏浅草病院の反対側 煮込み雑炊
「グリル佐久良」 台東区浅草3−32−4 3873−8520
4話 東京都北区赤羽の鰻丼
「まるます」 北区赤羽1−17−7 3901−1405 赤羽駅東口から左へ徒歩3分、飲み屋街の真ん中。 月曜定休。 鰻丼/岩のり/生ゆば刺し/ いくらどぶ漬け
5話 群馬県高崎市の焼きまんじゅう
「オリタ焼きまんじゅう店」 高崎駅から徒歩10分 みそ塗りのまんじゅう
6話 東京発新幹線ひかり55号のシュウマイ
「崎陽軒」 蒸気があがるジェットシュウマイは製造を終了した。 東京駅大丸地下/シウマイ弁当 ほか弁当屋多数。
7話 大阪府大阪市北区中津のたこ焼き
「たこ焼き屋台3ちゃん屋」 ラマダホテル大阪 (北区豊崎3−16−19 地下鉄中津駅直結) のちかく。
8話 京浜工業地帯を経て川崎セメント通りの焼き肉
「東天閣川崎本店」 川崎市川崎区浜町4−12−5 044−355−1234 チャプチュ
9話 神奈川県藤沢市江ノ島の江ノ島丼
「魚見亭」 藤沢市江の島2−5−7 0466−22−4456 無休だが日没1間後までの営業。 江ノ島丼/サザエ/生シラス
「女夫」 女夫饅頭/中村屋
10話 東京都杉並区西荻窪のおまかせ定食
「満月洞」 という店がモデルらしいが閉店した様子。
11話 東京都練馬区石神井公園のカレー丼とおでん
「豊島屋」 西武池袋線石神井公園駅下車、またはJR阿佐ヶ谷、荻窪、吉祥寺駅からバスで同駅行き。南口から徒歩10分で公園入口、入口にある軽食レストランの反対側。公園案内 3996−3956
12話 東京都板橋区大山町のハンバーグ・ランチ
「洋包丁」大山店 東武東上線大山駅 江古田や高田馬場でも営業中。
13話 東京都渋谷区神宮球場のウィンナー・カレー
ウインナー (お湯で温められた魚肉) は3本から2本へ、値段は680円に値上がり。
14話 東京都中央区銀座のハヤシライス(消滅)とビーフステーキ
「スエヒロ銀座4丁目店」 同店は閉店したが、新宿店などがある。ビーフステーキ
15話 東京都内某所の深夜のコンビニ・フーズ
「サンクス三鷹南口店」 ではないかとの情報。同地では 「すき屋三鷹駅南口店」 が営業。
16話 東京都豊島区池袋のデパート屋上のさぬきうどん
西武デパート屋上「かるかや」 月見おろしうどん。夏はビアガーデンになり、他に金魚売り場がある。
17話 東京都千代田区秋葉原のカツサンド
「肉の万世」 万かつサンドは650円
18話 東京都渋谷区渋谷百軒店の大盛り焼きそばと餃子
「大芽園」 と推測されるが、10年ほど前に閉店。 道頓堀劇場前の中華料理 「喜楽」
19話 東京都内某病院のカレイの煮つけ
掲題本に掲載はありません。
20話 静岡・青葉横町の汁おでん
掲題本に掲載はありません。
注: 「散歩の達人」 で紹介されている同本は初版本と表紙が異なり、また19話と20話が追加されているので改訂本かと思われます。
上原清吉 「武の舞 琉球王家秘伝武術 『本部御殿手』」 BABジャパン出版局 1992年 のメモ書きで、表現を変えているところがあります。多種多用の技法が説明されていますが、歩行にかんするものをひろいました。
■ 上原清吉
明治37 (1904) 年 沖縄県島尻群小禄村にて出生
大正 5年 十一代宗家本部朝勇先生に師事
12年 首里城・南殿にて師とともに 「ウフクン」 を演舞
15年 フィリッピンへ移住。旅立ちの日に師より御主加那志前 (うしゅがなしめぇ 琉球国王) の技を継承した印可証明として二巻の巻物授与する (琉球王家秘伝武術極意を伝授し十二代宗家を継承)
昭和 3年 フィリッピン群島ミンダナオ島ダバオで武道場開設
16年 第二次太平洋戦争開戦、フィリッピンで軍属として徴用される
22年 沖縄に帰郷
26年 沖縄県宣野湾市で武道場開設
36年 本部流を命名、本部流古武術協会を創設
45年 本部朝勇先生から受け継いだ本部御殿手 (むとぅぶうどぅんでぃ) を初めて公開する決意をし、御主加那志前の技を本部御殿手と命名する
51年 第一回 「武の舞」 の合同研究発表会 古典舞踊の 「手」 と武の 「手」 の直接関連について
59年 勲六等旭日章を受賞
62年 日本武道代表団欧州派遣に参加
平成16 (2004) 年 101歳、老衰で死去
... 死去時をのぞいて巻末の著者経歴および 「本部流のあゆみ」 を抜粋しました。
■ 歩行
− 本部御殿手は多人数相手の闘いを想定して技が組みたてられ、闘いの最中はけっして立ち止まらず常に歩きながら技をつかう。そのため 「歩く」 ことをもっとも重要視する。
− 歩きながら相手にちかづき、相手の動きを瞬時に察知して間合いをつめ必ず一撃で勝負をきめ、ただちに次の相手にむかう。どんなときでも絶対に後にさがらず、相手の攻撃をさける場合も前進しながら体をかわし、すれ違うと同時に相手をたおす。前方の敵をたおしながら常に前にすすむ。腰をしずめたり腕をひくなど反動をつける予備動作はいっさいおこなわず、特定の構えをとって対することや、相手の攻撃を受け止めることもしない。歩きながら相手の死角に入っていき、攻撃を捌くと同時に技をきめる。
− 攻撃する瞬間は敵と並行する位置にうごき、すれちがいざまに歩をすすめ頭部を攻撃する。戦いの手であるため、攻撃箇所が首から上の頭部の急所にかぎられる。
− 歩きながら技をつかうので両足が同時に地面に接することはなく、どちらか片方の脚が交互に軸脚となって体重をささえる。両手と片足はつねに自由な状態にあるので、左右の手と片足がそれぞれ独立した動きをおこなってそれぞれが異なる敵を攻撃する。剣 (武器) なども二刀をつかうのが基本で、右手でも左手でも片手で刀 を自由につかいこなす。
− 多人数に対処するため、目付けは一点に集中するのではなく、視野にいる全員の動きをすべて掌握し、すべての変化にたいして注意をはらう。
− 基礎鍛錬 (十二〜十七歳)
<歩き> 「つま先立ちをして、足の親指のつけ根に重心をかけ、膝をまっすぐにのばして前方や後方へ速足であるく。胸をはり、身体が一本の棒になったような気持ちで腹を中心として全身で歩かなければならない。膝を曲げずに歩く癖をつけるために、脚の裏側に薪を布でくくりつけて、膝を曲げる事ができない状態にして歩く練習を行った。」
− 同 <跳躍> 「本部御殿手では通常の跳躍法とは異なる自然体のままの状態から膝を曲げずに足首のバネだけで飛び上がる跳躍法を行う。これは膝を曲げたり腕で反動をつける瞬間に敵に跳躍することをみやぶられるのを防ぐためであり、この跳躍法は狭い場所でも可能で袋小路に追いつめられた時の脱出等に使う。」
− 技を写真でみる <剣・太刀>
「常に歩きながら敵を制していくため、敵の数が多人数の場合、三〜四名の場合、一対一の場合でそれぞれ使用する 「歩法」 が異なります。この場合の動きの違いは非常に微妙なものなので外見で見分けることはなかなかできません。そのため、敵の人数によって歩法を変える方法は口伝となっています。」
− 武と舞発表会より・舞踏家島袋光晴氏との対談
司会 「... それでは舞踏の歩み、つまり 「出羽」 「入羽」 の歩み、これは琉球古典舞踏では欠かせない重要なものですが、武術の場合の歩みとどのような関係があるんでしょうか。具体的に比べてみましょう。」
上原 「武の場合、田んぼの道のような細い道を歩む場合はつま先が外にむきます。いえば歩む向きが外になればどんな狭い道でも歩むことができます。こういう格好でごく自然に膝がもち上がる。そして次は少し下がっていく。あくまでも自分の体を一本の足でささえて、片一方の足は蹴りもする。両方の手は投げ技にもっていったりする。そういう意味で一本の足にしぼって、どんな大きな人を投げる場合も必ず一本に足をしぼって、ちょっと親指の根っこ、かかとをふんで、紙一重入るぐらいの態勢でもっていきます。これは武では欠かせない重要なもので、それに小指側には力は入っていません。何故か、小指側に力が移っていきますと、足くびをねんざします。武では小指側をちょっと上げます。それはあくまでも自分の態勢を安定させるため、しかも足くびをねんざさせない自然の防御と、自然の体 (タイ) の、本当の神髄となるところがそういう歩みになっています。」
■ 空手VS物理学
つまり、 「爪先立ちをして足の親指の付け根に重心をかけ、背筋を伸ばして膝を曲げずに腹を中心として全身で歩く」 のは、身体全身がひとつの物体として基本的な力学法則である 「慣性の法則」 によって常に同じ速さで同じ向きに動き続けるという物理的な特徴を最大限に利用するためなのだ。このような姿勢で歩くことで、無重量状態におけるケンカ慣れしたアメリカの宇宙飛行士のように、身体全体を体重を重さとするひとつの物体として 「慣性の法則」 に従った運動をさせることができるというわけ。
その結果、このように身体全体をひとつの物体として歩いている上原宗家が前に出した腕先の拳が敵の顔面にヒットした場合、その衝撃力はやはりアメリカの宇宙飛行士が繰り出してくるスーパーマン式のパンチの威力、
アメリカの宇宙飛行士のパンチの衝撃力 = 宇宙飛行士の体重 X 衝突前のスピード
と同じで、
上原宗家のパンチの衝撃力 = 上原宗家の体重 X 歩くスピード
となり、上原宗家の体重が六〇キログラムで歩く速さが毎秒一メートルだったとして 「六〇」 という衝撃力の値を得る。
(中 略)
女性や子どもが繰り出すような軽い突きや蹴りで何人もの敵を次から次に簡単に倒してしまうことができるのは、本部御殿手の極意に従って全身で歩いている限り、突きや蹴りに 「体重を乗せる」 という突き蹴りの極意が具現され、その破壊力が腰をきめて放つ渾身の正拳突きの場合の三〇倍もの大きさになるからだ。
... 保江邦夫 「武道VS物理学」 講談社プラスアルファ新書 2007年 より抜粋
テキヤ、高市 (たかまち)、啖呵売 (たんかばい)。映画の最後がハレ、高市で終わるのが気にいってます。
■ 数え唄
ものの始まりが一なら 国の始まりは大和の国。 泥棒の始まりが石川五右衛門なら、人殺しの始まりは熊坂の長範。 スケベェーの始まりは、隣のおじさんってぐらいなもの。
続いた数字がふたあーっ!! 兄さん、寄ってらっしゃいよは吉原のカブ。 憎まれ小僧世にはばかる。 日光、ケッコウ東照宮。
三で死んだか、三島のお千、 お千ばかりかが女子じゃないよ。
四谷、赤坂、麹町、 チャラチャラ流れるお茶の水 イキな姉ちゃん立ちションベン。 白く咲いたかユリの花。 四角四面は豆腐屋の娘、 色は白いが水臭い。 一度変われば二度変わる。 淀の川瀬の水車、 だれを待つやらくるくると。
ゴホンゴホンと浪さんが、磯の浜辺で、ネエあなた、私あなたの妻じゃもの、 妻は妻でも坂妻よ。
昔、武士の位を禄という。 後藤又兵衛が一本で六万石、ロクでない子ができちゃあいけないってんで 教育資料の一端として買っていただきましょう、この英語の本。 英語はABCから ...、 メンソレータムからDDT、 NHKにマッカーサー、 古いところは全部出てるよ。
続いた数字が七つ、七つ、 七つ長野の善光寺。
八つ谷中の奥寺で竹の柱にカヤの屋根、 手鍋さげてもいとやせぬ。 信州信濃のソバよりもわたしゃあなたのそばがよい。
あなた百まで、わしゃ九十九まで、 ともにしらみがたかるまで、 これで買手がなかったら、 右に行って御徒町、 左に行って上野、 右と左に泣き別れ、 さあ、どうだ!! ただでくれてやらァ...
注: 浪さん(小説「不如帰」の浪子)
■ 口上 第六作 「純情篇」
− ケッコー毛だらけ猫灰だらけ、 お尻のまわりは糞だらけってねえ、 タコはイボイボ、 ニワトリャハタチ、 イモ虫ゃ九十九でヨメに行くと来た。 黒い黒いは何みてわかる、 色が黒くてもらい手なけりゃ山のカラスは後家ばかり、 ねぇ色が黒くて食いつきたいが、 あたしゃ入歯で歯が立たないときやがった 。... どう? まかった数字がこれだけ、 どう、 一声千円といいたいねオイ! ダメカ ? 八百 ! 六百! ようし! 腹切ったつもりで、五百両と、 もってけ! 泥棒
− さて、 いいかねお客さん! 角は一流デパート、 赤木屋、 黒木屋、 白木屋さんで、紅、白粉つけたお姉ちゃんから下さい頂だいでいただきますと五千が六千、 七千が八千、 一万円ははする品物だが、 今日はそれだけ下さいとは言わない! いいかいい! ハイ! ならんだ数字がまず一つ
... 数え唄と口上上段は堀切直人 「渥美清−浅草・話芸・寅さん」 (晶文社)
■ 主題歌 作詞 星野哲郎 作曲 山本直純
− 俺がいたんじゃお嫁に行けぬ
わかっちゃいるんだ妹よ
いつかお前の喜ぶような
偉い兄貴になりたくて
奮闘努力の甲斐も無く
今日も涙の今日も涙の陽が落ちる
陽が落ちる
どぶに落ちても根のある奴は
いつかは蓮の花と咲く
意地は張っても心の中じゃ
泣いているんだ兄ちゃんは
目方で男が売れるなら
こんな苦労もこんな苦労もかけまいに
かけまいに
■ トハ
タンカを、あるいはおもしろく、あるいはもっともらしく、たたみこんできて、いざ商品を売りにかかる、かんじんかなめの瀬戸際を、オトシマエという。そしてコマシに目の色をかえるのである。コマシとは、いよいよ品を金にかえる、客のふところをつかむことである。タンカはいかにも余裕をもってのべられている (金のことなどどこふく風という調子) のだが、いざコマシにかかれば、真剣勝負の緊張が、はっきり目にも見えてくるから、正直なものである。
その大切な瞬間をとらえるために、トハ・サクラを使うこともある。仲間が客に扮していち早く買うことである。それにつれて、ほんとの客も手を出すことになる。つまり呼び水の作用である。
タンカですっかり感心して、買う気はうごいていながら、なおためらっている人がよくあるものだ。ふつうの商いでも、買おうか買うまいかと迷う心が誰にもあるものである。それを、踏み切って、買う決定をさせる作用をするのが、トハである。呼び水をすれば水は出てくる。それと同じく、一人二人と買えば、それにつれてずらずらずらっと、買う者があとにつづく、ということである。
(後 略)
... 小沢昭一 「日本の放浪芸」 のうち添田知道 「香具師の生活」 から